blg_ttl_21.png

創邦21同人
(五十音順)

  • 今藤 長龍郎
  • 今藤 政貴
  • 今藤 政太郎
  • 今藤 美治郎
  • 金子 泰
  • 杵屋 淨貢
  • 清元 栄吉
  • 福原 徹
  • 松永 忠一郎
  • 米川 敏子

新コンテンツ登場
毎月更新!

2020年10月23日
第17回作品演奏会

thumnail

2020年3月11日
第12回創邦21公開講座
「創作のキモ」

2019年2月21日
第10回創邦21公開講座
「創作のキモ」

/a>

2017年11月8日
第15回作品演奏会

2017_soho21.jpg

2017年7月21日
第8回創邦21公開講座
「創作のキモ」

kimo_2017.jpg

2016年11月8日
第14回作品演奏会

創邦21チラシ

2016年6月22日
第7回創邦21公開講座
「創作のキモ」

創作のキモ_2016

2015年11月5日
第13回作品演奏会

omote_01.jpg

2015年8月17日
第6回創邦21公開講座
「創作のキモ」

bunner_kimo_201508.jpg

2015年1月7日
第5回創邦21公開講座
「創作のキモ」

2015_kimo.jpg

2014年10月8日
第12回作品演奏会

チラシ

> リレートーク トップページ

リレートーク26走目

2020.08.09 Sunday

こんにちは。笛吹き同人の福原徹です。

このリレートーク、新型コロナウイルスの影響で舞台や稽古が自粛、延期された状況下で、3月末に金子同人の発案でスタートしたのでした。

当時は、この状況がこれほど長引くとは思っておりませんでしたし、このリレートークもこんなに続くことになるとは予想しておりませんでした。

ここ数か月、手紙やメール等に「一日も早い終息を祈るばかりです」と書いていましたが、これもちょっと口にしづらくなって来たように感じます。最近は、「引き続き、お気をつけてお過ごしください」が自分の常套句となっております。

 

さて、今藤美治郎同人からのお題。

「笛を習い始めたきっかけや、恩師である寶山左衞門先生との素敵な思い出などを是非お聞かせ下さい。」

 

うぅー。

これは難しい。超重量級の宿題を頂戴してしまいました。

まして、それを簡潔にまとめるというのは、なんとも。

そうだ!ここのところ皆さん(いや、私がか?)更新が遅れ気味になっている感もあるので、今藤政貴同人が開拓してくださった「同じ同人による連続投稿方式」を勝手に採用させていただくことにします。

 

このリレートークの19走目に書いたように、恩師・寶先生は、誰に対してもいつも穏やかに丁寧に接する方でした。弟子にも怒鳴ったりするようなことは無く、いつもやさしく教えて下さいました。

「誰とも喧嘩しちゃあいけないよ」と、よくおっしゃっていました。「誰かに足を踏まれたら、怒るんじゃなくて、そんなところに足を出していた自分が悪うございました、と思え」というようなこともおっしゃっていました。まぁ勿論、これはちょっと極端な例だとは思いますが。

でも、怒りとかの感情を持たなかったのか、というと、そんなことはないはすです。むしろ、ご自分は敏感で、周りのこともよくご覧になっている、だからこそ自戒なさっていたのだと思います。そもそも、先生のような方が、お人よしだとか鈍いとか感受性が欠けているとか、そんなことはあり得ない。先生の作品や演奏は、そんな悠長な緩いものではありません。ある面では厳しく、むしろ真実を見抜くような物の見方をなさっていたはずです。

 

先生は、文字を書かれる際もゆっくり丁寧でしたが、文章もわかりやすく味わいのあるものをお書きになりました。同じ文章を使いまわしたりせず、その都度じっくり考えて書いておられました。

2001年、私は初めてのリサイタルを開きました。その当日のプログラムに載せる御挨拶文を、先生にお願いしたのですが、後日、「書けたよ」と渡された文章を拝見し、私は驚愕しました。

 

徹君おめでとう

貴公子のような徹君も、この世界で少しよごれてきた。

もっともっとよごれる前、徹君の満を持したリサイタルが今日、催される。

いろいろな難関を乗り越へて無で吹く笛の音を期待している。

 

冒頭の「貴公子」という単語も気になりましたが、「この世界で…よごれてきた」という言葉に、当時の私はとてもびっくりしたのです。

このまま載せてしまって良いものか?でも、今さら書き直してもらうわけにもいかない。

 

もちろん、結局、そのまま載せさせていただきました。

そして、この先生のお言葉で、私自身ある種の踏ん切りがついたというか、思いっきり会に臨む事ができたのです。

お客様にもこの御挨拶文は印象深かったようで、結果的に会のイメージを大きく支えていただいたようにも思います。

美治郎さんからのお題の「先生との素敵な思い出」というのとはちょっと異なるかも知れませんが、先生が書いて下さったこの御挨拶文は、私の大切な宝物になっています。

 

長々と失礼いたしました。

次回は笛を習い始めたきっかけについて、書かせていただくつもりです。

皆様、引き続き、くれぐれもお気をつけてお過ごしください。

福原徹

 

 

数年前、満開の時期に見に行った福島県三春の滝桜です。樹齢千年の大木。

  • カテゴリー:福原 徹
  • 2020年08月09日(日) 14:49
  • -

リレートーク 19走目

2020.05.22 Friday

title:リレートーク 19走目


こんにちは。笛吹き同人の福原徹です。
金子泰同人発案によるリレートークも、三周目に入りました。

さて、今藤政太郎同人からのお題「この頃思うことを教えてください。」
あまりに漠然とした、かつ深遠な問いかけで、難しい。
いつまでも唸っているわけにもいかないので、とにかく書き始めてみます。


いろいろ思います。
新型コロナウイルス感染の恐怖。亡くなられた方々へのお悔やみ、苦しんでおられる方々へのお見舞の気持ち。ウイルスと日々戦っている方々の努力、勇気への感謝と敬意。また、人々の生活を維持するために働き続けて下さる方々への頭の下がる思い。ウイルスそのものや生命というものについても改めて考えさせられています。
感染症が世界におよぼす影響。人々の反応、対応。
この状況で露呈された、様々の問題。
そして、これからの社会の変容。芸術、芸能の行方。

特に強く感じているのは、自分自身がいかに脆弱なところで生きているか、常識とか当然と思っていたことがいかに危ういものなのか、ということです。

そこでなぜか突然に、師匠(六世福原百之助=四世寶山左衞門)の言葉を思い出しています。

私が師匠のお供をしていたころの話です。
たしかNHKでの収録の帰り、渋谷駅に向かう路線バスの中。車内はすいていて、一番後ろの席だったと思います。
師匠に、「この道で生きていくために一番大切なことは何か」というようなことをお尋ねしました。
私は藝大を出たばかりで血気盛ん。お仕事を少しずつ頂くようになり希望に溢れ意欲満々でありながら、一方で本当にこれで生きていけるのかという不安もありました。
猛烈に師匠を敬愛していたので、恥ずかしげもなくこのような質問をしたのだと思います。私は大真面目でした。強烈な、そして仲間や後輩たちに「語れるような言葉」を、期待していました。

師匠にお会いになったことのある方はご存知と思いますが、師匠はいつも笑顔で優しく、わかりやすく丁寧に時に軽妙に、お話をして下さる人でした。
ところが、この時は珍しく長い間じっと黙って考えておられました。
そして、静かな表情の師匠の口から、低い声でただ一言。
「最後は人柄だね。」

それを聞いた私は、なんだか拍子抜けしたような気持ちになりました。
もっとカッコいい言葉を待っていたのに、「人柄」?

この言葉の重みをいくらかでも感じられるようになったのは、ずっと後のことです。
もちろん、「人柄」と言っても、いろいろな意味や見方があるでしょうし、全てのことを「人柄」だけで片付ける訳にもいかないと思います。
でも、たしかに、最後はその通りなのかも知れない。
先程、師匠の言葉を「突然に…思い出しています」と申しましたが、実を言うと、この言葉が、ここのところ頭から離れないのです。


お恥ずかしい話を長々と失礼いたしました。



今回の写真は、アムステルダムの国立美術館に行った時のものです。レンブラントの「夜警」です。1642年の作品で、とても大きな集団肖像画です。(この写真では手前に私が立っているので大きさが感じられないかも知れませんが。)夜警という題名は18世紀以降に呼ばれている通称です。
この作品の2年前の自画像が、いまロンドンから上野に来ています。


リレーのバトン、今度は今藤長龍郎同人にお渡しします。
長龍郎さんは子供の頃、かなり真剣にピアノに向かっておられたんですよね。
三味線とピアノは、弾く立場として、どのような違いが大きいと思われますか。あるいは、あまり差がないのか。
聴く側とか一般論としての話ではなく、長龍郎さんご自身が弾いている時の感覚の違いのようなところをお聞かせいただけると嬉しいです。

福原徹
  • カテゴリー:福原 徹
  • 2020年05月22日(金) 10:46
  • -

リレートーク 12走目

2020.04.23 Thursday

こんにちは。笛吹き同人の福原徹です。
早速ですが、今藤長龍郎同人からのお題。
「笛(篠笛)と合う楽器は何だと思われますでしょうか?和楽器・洋楽器を問いませんし、声も楽器ですので日本音楽系の唄・西洋の声楽も含まれます。複数お答えいただいても大丈夫です。どのような事で笛と合うなどのお話をしてくださると大変嬉しいです。」

 

個人的、かつ、現在の考えなのですが、「笛と合わない楽器は無い」と思っています。
笛は(特に篠笛は)とてもシンプルな造りです。そもそも竹は中が空洞ですから、竹は笛になるために生えているんじゃないかとすら思えてきます。それに息を入れて音を出す。その音は、風の音あるいは人間や動物の声に近いものだと感じます。
太鼓や鼓などの囃子や、三味線、唄(語りも含む)とは、もちろん合います。と言うか、そういう作品がたくさん作られ伝えられて、演奏自体もこなれています。
では、他の楽器とはどうなのか?
たとえば、和楽器でも箏とはあまり一緒に演奏されていませんでした。(雅楽では箏と笛が共存していますが。)しかし、近年は箏曲や地歌の演奏に笛を入れることが増え、私自身もそういう機会をたびたび頂戴して、ぜひ自分のレパートリーにしたいと思うような曲もたくさんあります。
洋楽器とはどうか?
これは、合わせ方しだい、あるいは作曲や編曲しだいだと思います。
私はたびたびピアノと共演していますが、あの大きな楽器の中に自分の笛の音が溶け込んで行くような感じがします。笛は単音で、音域があまり広くなく、しかも全体に高い音であり、音程も不安定になりがちです。それが、ピアノの豊かな響きの海の中で自由に浮かんだり泳いだりしていられる。
ただ、それは誰が弾いてもそうなるというわけではなくて、音の選び方、弾く人の感性やタッチ…様々な条件があると思います。
他の洋楽器はどうか?
これまで声も含めいろいろな楽器と合わせる機会がありましたが、この楽器と笛は相性が悪い、と感じたことはありません。
ただし、相手(演奏者、あるいは作曲者、編曲者)しだい、です。どれだけ笛の音に愛情や共感を持って下さるかにかかっていると思います。(なんだか責任を相手に押し付けていますね…すみません。)
もっとも、これは洋楽器とだけではなく、和楽器どうしでも同じかも知れません。たとえば唄方や三味線方が、どこまでその笛方の吹き方というか、こうありたいと思っているものを許容、信頼、あるいは反発しつつも新たなところへ共に進んで行こうとしてくれるのか…そういうことにかかっているような気がします。(やっぱり相手に責任転嫁しすぎですね…すみません。)
まあ責任云々はともかくとして、和楽器・洋楽器を問わず、笛と同じように音が長く持続する楽器や、音域が近い楽器とは、合わせる際に工夫が必要です。笛はどうしても音が揺れますし、音程と音色が切り離せないような面があります。(そこが古典的な笛の魅力でもあります。)古典でいつも共演している囃子(打楽器)や三味線は、音がすぐ減衰し、音域もぶつからない楽器です。たとえば胡弓、ヴァイオリン、フルートなどと合わせるのは要注意だと感じます。でも、だからと言って、合わないとは言えない。
もう10年以上も前の話ですが、ある番組でペーター・ルーカス・グラーフ氏(フルーティスト)と、バルトークの短い二重奏でご一緒しました。こちらはすごく緊張して、最初のリハーサルでは音程に細心の注意を払い慎重に吹いたのですが、ディレクターから「もっと笛っぽく吹いちゃったらどうなるんでしょうか?」と言われて、今度は開き直って長唄を吹いているような感覚で吹きました。すると、グラーフ氏もちょっと笛っぽさを漂わせて吹いたりして、このほうが断然面白い!ということで、本番はこちらのスタイルになりました。(その時のグラーフ氏のフルートが、寶先生の篠笛のように感じられたのを覚えています。)
それ以来というわけでもないのですが、古典の長唄を吹く時も、他のジャンルの邦楽を吹く時も、そして自分の作品、あるいはバッハを吹く時も、同じ感覚で吹いています。子供のころ児童合唱団に通いながら一方で長唄の唄をかじっていて、当時の幼い自分にとってはどちらも「うた」であり、今もその延長線で笛を吹いているのかも知れません。

 

すみません…話が逸れて長くなってしまいました。
写真を1枚出す、とのお約束。
今回のお題には全く関係ないのですが、五年前オランダの帰りに寄ったパリのルーブルで見たレンブラントの自画像(1660年)です。


彼はたくさん自画像を残していますが、実は今、上野の国立西洋美術館にロンドンのナショナルギャラリーから1640年の自画像が来ています。誰もいない展示室に静かに掛けられているのか、それとも保管庫に入れられているのか…。

 

さて、清元栄吉同人にお尋ねします。
作曲家あるいは三味線方以外の栄吉さんの姿が想像つかないのですが、もし作曲や三味線のお仕事でなかったら、どんなことをなさっていたでしょうか?
子供の頃に憧れていた職業でもいいですし、いま秘かに抱いている野望?があればそれでも結構です。あるいは、それを生業としなくても、こういうことをやってみたい、やって行きたい、というようなことでも。

 

福原 徹
 

  • カテゴリー:福原 徹
  • 2020年04月23日(木) 22:54
  • -

リレートーク

2020.03.31 Tuesday

こんにちは。笛吹き同人の福原徹です。
感染で亡くなられた方々に、慎んでお悔やみを申し上げます。昨日も有名芸能人の方の訃報に接し、驚きと悲しみ、怖れの思いを新たにしております。
現在苦しんでおられる方々に、心よりお見舞い申し上げます。一日も早いご快癒を、お祈り申し上げます。
そして、実際に厳しい状況の中で問題に取り組んで下さっている方々に、最大限の感謝を申し上げたいと思います。

 

さて、金子さんからの御質問に回答。
私が最近聴いている音楽、についてです。
実は、ここしばらくあまりバッハを聞いていなかったのですが、このような状況になりますと、やはりバッハです。聞きたくなるというよりも、頼りたくなる、すがりたくなる、という感じでしょうか。

 

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲、ロ短調ミサ(BWV232)。
フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮、コレギウム・ヴォカーレ・ヘントの演奏。2000年に来日した時の公演も生で聞きました。いま聞いているのはヘレヴェッヘ3回目の録音で、2011年に録音されたCD。以前はヘレヴェッヘ2回目の録音(1996年録音)をよく聞いていましたが、最近はこちらです。
ヘレヴェッヘのほかには、ヨス・ファン・フェルトホーフェン指揮オランダ・バッハ協会盤も、時々聞いています。
いずれも古楽器による演奏ですので、聞く人によって好みが分かれるかも知れません。私は、和楽器に近いような気がしてなんだかちょっとホッとするというか、親近感をおぼえます。

 

バッハの音楽は厳粛で堅牢な造りだと思うのですが、救いと言うか、「まだ生きていける」「生きていけそうな気がしてくる」聞いているとそんな思いにさせられます。
そして、いつもバッハの「うたごごろ」(のようなもの)に、強く惹かれます。

 

申すまでもありませんが、ロ短調ミサのCDはたくさんの盤が出ています。私が持っているものだけでも二十種類くらいあり、それぞれに特徴、魅力があります。よく言われていることですが、いろいろな演奏が聞けるというのも、クラシック音楽の楽しみの大きな要素だと思います。

 

CDではないのですが、三月に来日していたピアニスト、アンドラーシュ・シフが、来日中に生演奏配信をするというのを知り、それをスマホで聞くことができました。お話を交えて、ブラームスの間奏曲とベートーヴェンのソナタを弾いていたのですが、聞いているこちらがとても温かい気持ちになりました。

 

なんだか長くなってしまいました。すみません。
リレーのバトンを、忠一郎さんにお渡ししたいと思います。

 

松永忠一郎さんへの質問
いつも舞台でお忙しい忠一郎さんも、さすがにこの数週間はお時間があるのではないかと思います。創邦21作品演奏会の際、他の同人に比べて早い時期に作品を完成させておられますが、それは常日頃から作曲したり、あるいはヒントを集めたりする作業をマメにされているのだろうと拝察します。
現在のように舞台が少ない(ほとんど無い?)とき、忠一郎さんは作曲とかその準備をコツコツとなさっているのでしょうか?
それとも、ずーっと三味線の練習をしているとか?
私の脳裏には、いつもと同じ表情をされたまま部屋の中央に座し、古い時代の長唄とか古曲を淡々と延々と弾き歌いしている忠一郎さんの姿が浮かんでおります。
そのあたり、いわば「今日このごろの忠一郎」を、お聞かせいただければ、と。

 

福原 徹

  • カテゴリー:福原 徹
  • 2020年03月31日(火) 21:55
  • -
1

2020年09月

  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>

アーカイブ

ページトップへ